「ドキュメント」(1)文書。証書。(2)記録。
「ノンフィクション」 虚構をまじえず、事実を伝えようとする作品・記録映画
「ルポルタージュ」(1)報道。現地報告。探訪。ルポ。
(2)第一次大戦後に唱えられた文学様式で、社会の出来事を報告者の作為を加えずにありのままに叙述するもの。日本には第二次大戦後、文学の一ジャンルとして登場。報告文学。・・・「広辞苑第5版」
この本は「”ドキュメント「事件」”シリーズ」の1冊目として刊行されたものである。まあ、広辞苑の「ドキュメント」は英語の直訳で、日本語の意味とはちょっとずれていると思うが、私にはこれらの違いがよくわからない。日本ではこの三つの単語はほとんど同じ意味で使われているのではないだろうか。「事実」から「創作」という意味では「ドキュメント、ルポルタージュ、ノンフィクション」という順序になるのかもしれない。もちろん、これは「事実」というものが存在するという仮定での話だが。
「事実」や「真実」というのは、ある客観的事象を発言者(記録者)が言語化したものだから、発言者の数だけ異なって存在する。その「客観的事象」そのものも何をもって「客観的」と考えるのかは意見の分かれるところである。
ドキュメントなり、ルポなりがなぜ書かれるか。それは「事実」をありのままに伝えようとするからではない。「事実」は単なる「事実」に過ぎず、それ自体には何の意味もない。その「事実」に「意味づけ」をし、読者に何事かを訴えたいからである。たとえ、書くことの動機が金銭を得ることであっても、読者がなにかの意味、あるいはおもしろさを感じなければ金銭は得られない。つまり、ドキュメントやルポはいかに客観的に書こうとしても作者の主観を通して書かれるということである。
日本語には「三面記事」という言葉がある。元々は、欧米と同じように「ローカルニュース」だったのかもしれないが、今は「興味本位の記事」という意味で使われる。Infoseekのマルチ辞書にも「city [local] news; human interest stories」とある。これも、ある「事実」を元に書かれたものだから、ドキュメントやルポの一種であろう。そして、その興味本位というのはほぼ100%「性」が絡んでいるものである。男女のもつれ、有名人のセクハラ等々、誰と誰が付き合っているとか分かれたとか・・・。そうなると「ゴシップ」に近くなるが、読者の身近に起こりそうなこと、読者とは別な世界に生きている人のある意味で個人的な物事ののぞき見。
それらが興味を引くのは、それらが大衆の欲望の実現だからである。それも法的に、あるいはモラル的に禁じられた欲望である。
特にこの著書は、「大学教授」という社会的な地位、本来罪を犯してはいけない社会的立場にいる人を題材とすることによって、モラル的な禁止を強調し、社会的な上下関係を固定化し、弱者が強者をあざ笑うようにし向けている。それによって、弱者の鬱憤を体制が吸収し、社会的身分関係を再構築することになる。
典型的なゴシップ本である。
Sun Jul 08 16:36:16 2007
テーマ:雑学・情報 - ジャンル:学問・文化・芸術
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